
「卵が食べられない」——
そのひとことが、どれほど多くの子どもと家族の日常を変えてしまうか。
お土産が買えない。遠足のお弁当に気を遣う。外食するたびに成分表を確認する。
2026年4月22日のあさイチで紹介されたのは、そんな家族の苦しみを「自分ごと」として研究に挑んだ科学者たちの物語です。
きっかけは「息子の卵アレルギー」だった
この研究の中心人物のひとりが、広島大学大学院統合生命科学研究科の堀内浩幸教授です。
堀内教授が研究に突き動かされた理由は、驚くほどシンプルでした。
息子さんが重度の卵アレルギーだったのです。
旅行先でも食べるものに気を遣う。
「なんとかならないだろうか」——
この切実な思いが、世界初の快挙への出発点になりました。
研究者として食物アレルギーに向き合い続けてきた堀内教授は「息子が卵アレルギーで、同じく悩んでいる方からの声を頂き、社会貢献を重要なポイントとして頑張ってこられた」と語っています。
卵アレルギーの最大の敵「オボムコイド」とは何か
卵アレルギーを理解するには、まず「オボムコイド(OVM)」という物質を知る必要があります。
鶏卵のアレルゲン(アレルギーの原因物質)は、卵白に含まれる複数のタンパク質です。
| アレルゲン | 熱への強さ |
|---|
| オボアルブミン | 熱に弱い→加熱で無害化できる |
| オボトランスフェリン | 熱に弱い→加熱で無害化できる |
| オボムコイド(OVM) | 熱に強い→加熱しても残る |
| リゾチーム | 熱に弱い→加熱で無害化できる |
ほとんどのアレルゲンは加熱すれば無害化できます。ところがオボムコイドだけは熱にも消化酵素にも強く、どれだけ加熱・調理しても除去できません。

キューピーより引用
「卵を十分に加熱すれば食べられる」人もいる一方、加熱しても重度の反応が出る人がいる——その差を生んでいるのがオボムコイドです。

アレルギーを起こすタンパク質の多くが加熱で変質するが、オボムコイドは加熱しても残ることから「厄介」なアレルゲンでした
食物アレルギーの原因食物の第1位は鶏卵で全体の約33%を占め、2歳までが全体の約55%、11歳までが約90%と小児に多いとされています。
2013年から始まった10年以上の挑戦
堀内教授が「卵のオボムコイドを除去できないか」と考えたとき、パートナーとして手を組んだのがキューピー株式会社でした。
マヨネーズをはじめ卵を使う製品を多く扱うキユーピーにとっても、「卵アレルギーで悩む人を減らしたい」という思いは強く、2013年から産学連携による基礎研究がスタートしました。
使われたのは、広島大学が独自に開発した「プラチナTALEN(Platinum TALEN)」というゲノム編集技術です。
この技術でニワトリの受精卵にあるオボムコイド遺伝子の働きを狙って止めます。その受精卵から孵化した鶏が成長・交配・産卵することで生まれる卵には、オボムコイドが含まれません。
2020年「できた!」——ラボでの作出成功
研究開始から約7年後の2020年、ついにラボレベルでのアレルギー低減卵の作出に成功しました。
確認されたのは驚くべき事実でした。
- オボムコイドが含まれていない
- ✅ゲノム編集による副産物(変異タンパク質)も含まれない
- ✅意図しない別の遺伝子への影響なし
- ✅外形的な異常なし
- ✅味・見た目は通常の卵とほぼ変わらない
- ✅「オボムコイドを除去しても、ニワトリは正常に孵化し、通常とほぼ同じ卵を産める」——これは世界初の確認でした。
臨床試験へ——17症例すべてでアレルギー反応「陰性」
2022年からは科学技術振興機構(JST)の産学連携プログラムに採択され、広島大学・キユーピーに加え、国立病院機構相模原病院も加わった大規模な研究体制に発展しました。
2024年、いよいよ実際のアレルギー患者を対象とした臨床試験が始まります。
相模原病院でアレルギー低減卵を加熱・粉末化したものをジュースやスープに混ぜて患者に提供。2024年3〜9月に実施した17症例すべてで、アレルギー反応が「陰性」であることが確認されました。
この成果は2024年10月の第73回日本アレルギー学会学術大会で発表され、世界初の臨床試験結果として大きな注目を集めました。
「オボムコイドを全く含まない鶏卵の臨床試験で、アレルギー患者の反応が陰性だった」——この組み合わせは世界で初めての知見です。
「ゲノム編集」って安全なの?という疑問に答える
「ゲノム編集と聞くと不安…」という方も多いと思います。
ポイントを整理すると:
① 遺伝子を「追加」しているわけではない オボムコイド遺伝子の「働きを止める」だけで、外来の遺伝子を入れているわけではありません。
② 遺伝子全体を調べて安全性を確認済み 全ゲノム解析でオフターゲット作用(意図しない別の遺伝子への変異)がないことを確認しています。
③ 通常の卵との差は「個体差の範疇」 ゲノム編集した鶏と通常の鶏のゲノムを比較したところ、大きな差はなく個体差の範疇だったとしています。
堀内教授は「食品でゲノム編集を行っていることの意味を消費者の皆さんに十分理解していただけるよう、きめ細かな情報提供をしていくことが私たちの使命」と語っています。
2027年度以降の実用化を目指して
現在は引き続き臨床試験を重ね、2027年度以降の実用化に向けた準備を進めています。
実用化すれば広がる可能性は食品だけではありません。
加工食品:卵アレルギーの人でも食べられるマヨネーズ・ケーキ・パンなど
学校給食:アレルギーで除去食が必要だった子どもたちへの新たな選択肢
医療用ワクチン:インフルエンザワクチンは鶏卵を使って製造されることが多く、重度の卵アレルギーの人は接種できないケースがある。オボムコイドのない卵を使えばこの問題も解決できる可能性がある
「卵を避ける」から「安心して卵を食べる」へ——世界初の挑戦は、今まさに現実になろうとしています。 - 今日のあさイチでは「完全栄養食たまご」のテーマとともに、このアレルギー低減卵の研究秘話が紹介されました。
分子栄養学の視点から、この研究には特別な意味があります。
卵1個には良質なタンパク質・ビタミンD・鉄・コリン・ビタミンB群など20種類以上の栄養素が含まれています。「完全栄養食」とも言われるこの食材を、アレルギーのある子どもたちが食べられないという現実は、栄養面でも大きなハンデを生んでいます。
アレルギーのある子どもが卵を食べられるようになることは、単に「好きなものが食べられる」という喜びだけでなく、栄養補給という面でも非常に大きな意味を持ちます。
一人の父親の「息子に卵を食べさせてあげたい」という思いから始まった研究が、世界中の卵アレルギーの子どもたちの未来を変えるかもしれない——今日のあさイチで紹介されたこの研究秘話に、私は深く心を動かされました。
まとめ
🥚 卵アレルギーの主原因はオボムコイド(OVM)——熱に強く除去が困難
🥚 広島大学・堀内浩幸教授が「息子の卵アレルギー」をきっかけに研究開始
🥚 2013年からキユーピーと産学連携スタート
🥚 2020年ラボレベルでのアレルギー低減卵作出成功(世界初)
🥚 2024年臨床試験17症例すべてでアレルギー反応「陰性」確認(世界初)
🥚 2027年度以降の実用化を目指して研究継続中
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この記事を書いた人:れまとい 分子栄養学ライター。14年前に分子栄養学に出会い、副腎疲労・更年期を自ら乗り越えた経験をもとに発信中。「お母さんの目線」でエビデンスに基づいた健康情報をお届けしています。
※本記事はあさイチの放送内容および公表されている研究情報をもとに構成しています。 ※アレルギー低減卵は現在研究・臨床試験段階であり、一般販売はされていません。アレルギーに関するご相談は必ず医師にご相談ください。



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