産後うつを乗り越えて。絵本編集者・沖本敦子さんが見つけた「自分らしい仕事」

あさイチ
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「だるまさんが」を本屋さんで見かけたことがある方は多いのではないでしょうか。あの大ヒット絵本を世に送り出した編集者が、沖本敦子さんです。

出典 サンマークウェブ

絵本作家のヨシタケシンスケさんは「沖本さんが手がける本は全部ヒットする」と話すほど、業界で頼られる存在。でも、その道のりは決して平らなものではありませんでした。30代で産後うつを経験し、そこから自分らしい働き方を見つけていった沖本さん。今日はそのストーリーを、時系列でゆっくりとご紹介していきます。

20代:契約社員として出版業界へ飛び込む

沖本さんが出版業界に入ったのは20代のころ。最初は契約社員というかたちでのスタートでした。

「正社員じゃなくても、まず現場に入ってみる」という選択が、のちに編集者として飛躍するきっかけになったといいます。安定よりも経験を優先したこの一歩が、彼女のキャリアの土台になりました。

絵本編集者の仕事とは

視聴者から「絵本の編集者とはどんな仕事か」と聞かれた沖本さんは、こう答えています。

すごくおもしろいと思う才能を見つけて、その人をいい形で世に出す人

作品は作家性や人柄、思考とかが宿るものだと思うので、実際にお目にかかって話をしながら、だんだんその人のいいなと思うところをつかんでいって、一緒に本を作りますと沖本さん話します。

才能を見抜く目と、それを形にする力。この両方が求められる仕事なのだと感じさせる一言です。

ヨシタケシンスケ「りんごかもしれない」誕生秘話

ある時、ヨシタケシンスケさんのイラストエッセイに「これから僕の人生後半の先生が生まれてきます」みたいな絵があって、おなかが大きい女性の絵や赤ちゃんが笑っている絵が描かれていました。それを見た沖本さんは「あっ、お父さんになられたんだな。あっ、今なら絵本がいけるかもしれない」と思いました。

そして沖本さんは、ネガティブな自分のことを“おびえ系”という言葉でよく表現しているそうです。

出典 LEE

ヨシタケさんも、どちらかうとネガティブで「普通にしているとどんどん落ちていくようなところを、そうさせないために面白いことを考えたり、こういう角度で考えると気持ちが上向いていく」と沖本さんは語ります。

「こういうふうに考えてしまう人にこそ、子どもの本の世界にいてほしい」と話していたのが印象的でした。臆病さや不安を、むしろ才能のひとつとして受け止めている姿勢が伝わってきます。

沖本さんのアドバイスをもとに絵本を作り始めたヨシタケさんには特別な思い出があります。

ヨシタケさんは沖本さんのことを「命の恩人というか、彼女がいなかったら絵本作家になれていない。僕は色を付けるのがとても下手なんです。絵を描くのは好きなのだけれど、色を塗るのは全然楽しくない。とはいえ、せっかく頂いたお話だし、自分で頑張って数ページ色を付けてみたんですよ。」

「こんなものは例えばどうでしょう?」と色を塗った作品を沖本さんにみてもらったら、見た瞬間ヨシタケさんに「う~ん、色はデザイナーにつけてもらいましょうか」とその場でボツになったのです。

その時、ヨシタケさんはすごくショックでしたが、ちょっとホッとしました。沖本さんは、「ヨシタケさんは色塗りが下手なんだ」とぱっと判断できる人なのです。

対等な関係を大切にする仕事観

5月、東京・千代田区の日比谷公園で行われた打ち合わせの様子も取材されていました。新進気鋭の絵本作家に、絵のテイストを変更するように依頼する場面です。

作家がありのままでいられるようにリラックスできる場所を打ち合わせ場所に選ぶのは沖本さんの計らいです。今回の打ち合わせ相手は絵本作家の清家正悟さん。

清家さんに「絵のキャラクターの表情が媚びていないほうがいい」と沖本さんははっきりと伝えます。沖本さんが伝えたのは「大衆に全部受けするかわいさじゃなくていい」という言葉。売れ線に寄せるのではなく、その作家らしさを大事にする姿勢が見えます。

「自分の考えていることやアイデアをぶつけ合って化学変化を起こす。ものづくりとして必要な一人だという自覚を持って、対等に仕事ができる人間でいられるように」

これが沖本さんが心がけていることだそうです。編集者と作家、上下ではなく対等なパートナーとして向き合う。この姿勢こそが、数々のヒット作を生み出してきた理由のひとつなのかもしれません。

ヨシタケシンスケさんとの絆

ヨシタケシンスケさんは取材で「沖本さんがいなかったら、自分は絵本作家になれていなかった」と話していたそうです。その感謝の気持ちは、ヨシタケさんの作品『りんごかもしれない』の表紙にも込められているといいます。

出典 ヨシタケシンスケ

四隅にちょっと変わったりんごのイラストがあります。

実はこの絵本の中にりんごの兄弟の絵があります。

出典 あさイチ ヨシタケシンスケ『りんごかもしれない』

わかりますか?

出典 あさイチ ヨシタケシンスケ『りんごかもしれない』

頭文字を並べると「お・き・も・と」です。そうです、沖本さんの名前がリンゴであらわされています。

最初、沖本さんは気づかなかったのですが、友人からこのことを知らされたとのことです。沖本作家と編集者を尊敬しあう関係性が表れているのですね。心温まる話です。

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30代、産後うつになった日々

沖本さんが手がける絵本は、国内外で高い評価を受けていますが、その原点には「不安とむきあうこと」が常にあったそうです。

順調に見えるキャリアの中で、沖本さんにも大きな試練がありました。30代で経験した産後うつです。ヨシタケシンスケさんの「りんごかもしれない」を手掛けた後でした。

折に触れて沖本さんが読み返す絵本は、海外作家セルジオ・ルッツィアさんの『アマンディーナ』。

出典 光村教育図書

小さな犬が舞台に立ち、自分のできることを練習を重ねてみんなの前で披露する物語です。

「私は怖がりで臆病で新しいことを始めるのがとても苦手です。そんな自分がちょっと頑張って踏み出す時にいつも勇気を与えてくれる大事な絵本で宝物」と語る沖本さん。

そんな沖本さんが日ごろから大切にしている言葉があります。

沖本さんが大切にしている価値観は

「寛容」と「不謹慎」

緊張が緩むというか、自分の中に不謹慎さみたいなものを持っておくといいんじゃないかな。

この感覚が、彼女のものづくりの根っこにあるのかもしれません。

悪循環の日々

眠れない日々も続き、電車も乗れなくなってしまい、自分がおかしくなってしまう感覚に押しつぶされそうになりました。

当時は職場のお気に入りスペースで、ひとり心を落ち着かせる時間を持っていたそうです。

回復の過程で救いになった一冊が『パパは楽しい躁うつ病』。闘病の様子を綴った本だったといいます。

産後うつでダメかもってナヨナヨしていた私が弾き飛ばされるみたいな感じだったと沖本さん。

そして、ある日のささいな出来事が、自分らしさを取り戻すきっかけになりました。寝ている夫に毛布をかけたとき、夫が寝言で「ハイお勘定!」と口にしたそうです。そのくだらなさに思わず笑ってしまい、「ふざけることが好きな、もとの自分」が戻ってきたのを感じたといいます。

深刻な状況のなかでも、ふと笑える瞬間が回復の入り口になる。とても人間らしいエピソードだと思います。

自分の気持ちとうまく付き合えるようになって上手く復帰できた沖本さん。今度は自分のキャリアに悩むようになりました。

キャリアに悩む日々

作家さんはどんどん羽ばたいていくけれど、私だけ階段の踊り場で止まっているみたいな気持ちになったと沖本さん。

活躍の道を広げるためにはフリーランスになること。フリーランスの道を志したとき、沖本さんの背中を押したのはヨシタケシンスケさんの言葉でした。

「どっちの地獄に行くか」

会社に残る地獄か、独立する地獄か。どちらにも苦しさがあるなら、自分で選んだ地獄のほうがいい。そんな覚悟を後押しするような一言だったのかもしれません。

フリーになって最初に取り組んだのは、絵童話の仕事だったそうです。

最初に手掛けたのは、しおたにまみこ作『たまごのはなし』。たまごは相棒のマシュマロと一緒に行動し、自分で考えることの大切さに気付いていきます。

たまごのはなし[本/雑誌] / しおたにまみこ/作

その次に手掛けたのは街の片隅に住むどろぼうの話。どろぼうが夜ごと集めているものは手紙。

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最新作はありのこりーこ。ありの子どもりーこは下の子どもが生まれて大忙し。退屈したりーこは散歩に出かけてアブラムシたちに遊んでもらうというお話です。

実はこれ、沖本さんが編集者ではなく作家として描いた物語。ペンネームは麦田あつこです。

この絵本では、子育て中に感じた気持ちを素直に書いています。「お母さんもちょっと調子がしんどい時もあります。遊んであげたいんだけど、もうここまでですっていう時にお母さんがひとりで全部頑張らなくても、周りに頼ると助けてくれることもある。そんなのがちょっと伝わるといいな」と思いました。

ありのこりーこ[本/雑誌] / 秋山あゆ子/絵 麦田あつこ/文

臆病さを前に出して、自分の言葉で伝える

フリーランスになった今、沖本さんは臆病な自分をあえて前に出し、トークイベントや音声メディアでの配信などを通じて、絵本の魅力や作家の人柄を自分の言葉で伝える活動にも力を入れています。

不安は消そうとするものではなく、一歩踏み出すための糧にする。これが沖本さんのあり方なのだと感じます。

おわりに

20代で契約社員として飛び込んだ出版業界、産後うつという大きな試練、そしてフリーランスとして見つけた自分らしい働き方。沖本敦子さんのストーリーは、キャリアや子育て、心の健康に悩む40代の私たちにも、静かに寄り添ってくれるものでした。

ここまでいろいろな人に出会ったり、いろいろなものが作家さんと一緒に生み出せたのは「私がおびえ系で不安が強いという自分の特性のため。今ではおびえ系で不安が強い特性は強力なエンジンだと思います」と語る沖本さん。

不安をエンジンに一歩踏み出していく。そんな生き方に、励まされる方も多いのではないでしょうか。

沖本敦子さんが手がけた本

だるまさんシリーズ

かいじゅうポポリはこうやっていかりをのりきった


※本記事はNHK「あさイチ」での放送内容をもとに、要点をまとめてご紹介しています。このブログはPRを含む記事があります。

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