吉田修一さんの小説『国宝』と、李相日監督による映画『国宝』は、原作の壮大さと歌舞伎というテーマの奥深さから、様々な点で比較されています。主に指摘されている、小説と映画の違いのポイントをまとめてみました。ネタバレありです。
1. 構成とストーリーの焦点の違い
| 小説 | 映画 | |
| 物語の焦点 | 喜久雄の「内面の葛藤」と、芸の道における「孤独」を微に入り細を穿つように描く。大河小説のような趣がある。 | 小説の要素を大胆に取捨選択・再構築し、歌舞伎の「表舞台と裏舞台」、そして喜久雄と俊介(半弥)の関係性に焦点を当てており、芸術作品としての側面が強い。 |
| 描写の濃さ | 情景描写や心情描写が豊かで、細やかな人間関係や人生の機微が時間をかけて描かれるため、物語の「厚み」を感じやすい。 | 時間の制約上、一部の展開が唐突に感じられたり、小説で丁寧に描かれた部分が省略・凝縮されている箇所がある。 |
| ラストシーン | 喜久雄が芸と心中したとも言える、より壮絶で深い余韻を残す。 | 小説とは演目などが異なり、映像的なスペクタクルを加味した形にアレンジされている |
2. 登場人物の描かれ方の違い
- 幼馴染の徳次:小説では、喜久雄の影に日向に寄り添う重要な存在として、彼の人生に深く関わります。映画では物語の冒頭のみの出演など、登場シーンが大幅に削られています。
- 綾乃:小説では、幼少期から登場し、中学生の頃には非行に走るなど、成長の過程が詳しく描かれて、力士との結婚後の生活も描かれ、喜久雄との交流も描かれている。映画では物語の終盤のみに登場。大人になったカメラマンとして突然登場する。人間国宝となった喜久雄への取材という形で再会。会話は短く、非常に緊張感のある重要なシーンでした。
- 俊介:小説では、失踪後の苦労や、歌舞伎の世界での修業をやり直す過程、喜久雄への思いなどが、詳細に描写されていますが、映画では失踪後の描写はありませんでした。
3. 小説と映画の表現の仕方
- 小説: 歌舞伎の「語り物」を思わせる文体でつづられています。作中では「ございます」「いたします」といった敬体(です・ます調)の一種でありながら、まるで伝統芸能のナレーションや語り物を聴いている気分になりました。また独特のリズムを持つ文体が使用されています。
- 映画: 歌舞伎の「絢爛豪華さ」や、女形を演じる喜久雄の「美しさ」を、吉沢亮さん、横浜流星さんをはじめとする豪華キャストの演技と視覚的な表現で再現し、観客に異なる視点からの体験を提供している感じがありました。
まとめ
小説『国宝』は、一人の歌舞伎役者の壮絶な人生と内面の葛藤を描いた大河小説のような奥深さが魅力でした。登場人物の徳次や綾乃の登場場面も多かったです。それに対して、映画『国宝』は、原作を基にしながらも、李相日監督独自の視点で大胆に再構築されており、歌舞伎の「美と情熱」を映像で表現したアート性の高いエンターテイメントとして評価されています。

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